翁長雄志沖縄県知事死去 膵臓がん 辺野古問題混迷か? 県知事選挙は9月か?

意識混濁の状態に陥り、謝花喜一郎副知事が職務を代理する
https://www.sankei.com/politics/news/180808/plt1808080018-n1.html

沖縄県の謝花(じゃはな)喜一郎副知事は8日夕、県庁で記者会見を開き、がん治療を続けていた翁長雄志(おなが・たけし)知事が意識混濁の状態に陥り、自身が職務を代理すると発表した。会見の詳報は以下の通り。

「知事の職務代理について私のほうから発表させていただきたいと思います。このたび翁長知事の病気療養のため、地方自治法第152条第1項の規定により、私、副知事・謝花喜一郎が平成30年8月8日から12日までの間、富川盛武副知事が8月13日から当分の間、知事の職務を代理することとなりましたのでお知らせします」

その後
残念ながら 翁長雄志知事が死去

翁長雄志沖縄県知事死去 膵臓がん
琉球新報
翁長雄志知事が死去 67歳
2018年8月8日 19:41
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-778441.html

沖縄県の翁長雄志知事が8日午後6時43分、入院先の浦添総合病院で死去した。67歳。4月に膵臓がんの手術を受け、治療を続けていた。辺野古新基地建設の阻止を最大の公約に掲げ、歴代の知事の中でも高い県民支持率を背景に、米軍普天間飛行場の辺野古移設を推し進める国と鋭く対立してきた

沖縄タイムス
翁長沖縄知事が死去 67歳 辺野古新基地反対を貫く
2018年8月8日 19:20
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/295992

沖縄県知事の翁長雄志氏が8日午後7時までに、膵臓(すいぞう)がんのため入院中の浦添総合病院で死去したことが分かった。67歳だった。米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古への新基地建設への反対を訴え、2014年の県知事選で初当選。新基地建設反対を最後まで貫いた。

地方自治体の首長が死亡などにより欠けた場合
首長の職務代理者は5日以内に選挙管理委員会に通知し、選挙管理委員会は通知を受けた日から50日以内に選挙を実施しなければならない

法に従えば、投開票日は 10月2日までに実施しないといけない 投票日は日曜なんで
実質的に 9月30日(日曜日)が最も遅い投票日となる

翁長雄志(おなが たけし)
1950年10月2日 – 2018年8月8日[1])は、日本の政治家。沖縄県知事(本土復帰後第7代)。那覇市議会議員(2期)、沖縄県議会議員(2期)、沖縄県那覇市長(4期)などを歴任した。

父は元沖縄県真和志村長の翁長助静。兄は沖縄県副知事、沖縄県議会議員を務めた翁長助裕。次男は那覇市議会議員の翁長雄治

2014年(平成26年)
10月3日 – 沖縄県知事選挙立候補のため那覇市長を辞職。
12月10日 – 沖縄県知事選挙の結果により、仲井眞弘多の任期満了をもって第7代沖縄県知事に就任(1期)。
2018年(平成30年)
5月15日 – 4月に行った膵臓の腫瘍の病理検査でステージ2の膵がんであることを公表し、治療と体力の回復を進めながら公務復帰を目指すことを明らかにした(後に公務復帰)。
8月8日 – 沖縄県が記者会見を行い、同月12日まで謝花喜一郎副知事、同月13日から富川盛武副知事が職務代理を務めることを発表した。同日に膵がんのため浦添総合病院にて死去。67歳没。

膵癌(すいがん)
膵臓から発生した癌腫。膵臓癌(すいぞうがん)とも呼ぶ。早期発見が非常に困難な上に進行が早く、きわめて予後は悪い。このため、「膵臓癌は見つかった時点で手遅れ」とも言われる。厚生労働省の統計でも日本において膵癌死亡者数は毎年約22,000人以上であり、癌死亡順位で男性で5位,女性で6位で年々増加傾向にある。

病期分類
膵がんの病期分類には、日本膵臓学会の膵癌取扱い規約と国際的なUICC分類の2つがあり、日本では主に日本膵臓学会の進行度が用いられている。いずれもTNM分類をもとに、4段階の進行度(ステージ)に分けられる。

翁長雄志沖縄県知事のご冥福をお祈りします

仲井眞弘多 仲井真 弘多とも表記される。
(なかいま ひろかず、1939年8月19日 –
1961年 東京大学工学部卒業、通商産業省入省
1987年、民営化を前にした沖縄電力の理事に就任。1990年に当時の沖縄県知事・大田昌秀のもと、沖縄県副知事となった。退任後は沖縄電力に戻り、社長や会長を歴任した沖縄県知事
2006年の沖縄県知事選挙に、自民・公明の推薦を受け出馬し、野党8党の推薦・支持を受けた糸数慶子を破り初当選した
2014年1月10日、沖縄県議会の本会議において、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた埋め立てを承認したことは公約違反だとして、知事の辞任を求める決議が可決された。ただし、決議に拘束力はなく、仲井眞は辞任しない意向を示した。
2014年の沖縄県知事選挙には自民党の推薦を受け出馬。その後、次世代の党からも推薦を受け選挙戦を戦ったが、翁長雄志に破れ、落選した。

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