川崎市殺傷事件 藤田孝典聖学院大学教授の暴論!「(犯人に)死ぬなら迷惑かけずに死ね」と言うな!

児童など19人刺される 女児ら2人死亡 容疑者を特定

28日朝、川崎市の路上でスクールバスを待っていた小学生や大人が男に次々と包丁で刺され、警察によりますと2人が死亡し17人がけがをしました。警察は、小学生たちを刺したあとみずから首を刺して死亡したのは川崎市の51歳の男と特定し、殺人の疑いで捜査しています。

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藤田孝典氏が犯人を批判する世論に警告を出す!?

藤田孝典
NPOほっとプラス代表理事 聖学院大学人間福祉学部客員准教授
著書に『貧困クライシス』(毎日新聞出版 2017)『貧困世代』(講談社 2016)『下流老人』(朝日新聞出版 2015)『ひとりも殺させない』(堀之内出版 2013)共著に『知りたい!ソーシャルワーカーの仕事』(岩波書店 2015)など

川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい
藤田孝典
5/28(火) 13:10
https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190528-00127666/

それを受けてネット上では早速、犯人らしき人物への非難が殺到しており、なかには「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」などの強い表現も多く見受けられる。

まず緊急で記事を配信している理由は、これらの言説をネット上で流布しないでいただきたいからだ。

次の凶行を生まないためでもある。

藤田孝典氏の指摘はこの事件と、、なんだかポイントがずれていると思う。
ネットや世論の「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」や「死ぬなら迷惑かけずに死ね」は、自殺する手段?としての「他人を巻き込むな!」である。
これは、、他人を巻き込なない「自殺を考える」人には、なんら関係ない発言である。

まぁ、そんな社会を恨む奴は「一人で死ね!」とか言われようが(常人には理解できない)凶行に走るのだ。

更に 藤田孝典はこう続ける。

秋葉原無差別殺傷事件など過去の事件でも、被告が述べるのは「社会に対する怨恨」「幸せそうな人々への怨恨」である。

要するに、何らか社会に対する恨みを募らせている場合が多く、「社会は辛い自分に何もしてくれない」という一方的な感情を有している場合がある。

類似の事件をこれ以上発生させないためにも、困っていたり、辛いことがあれば、社会は手を差し伸べるし、何かしらできることはあるというメッセージの必要性を痛感している。

とりあえず、、秋葉原無差別殺傷事件の犯人は事件後自殺を図っていない(警官と乱闘の末、警官に拳銃を向けられ観念して逮捕された)

記事中にある秋葉原無差別殺傷事件の犯人 加藤智大の手記「解+」を読み、香山哲氏が以下のように書いている。

「容姿のコンプレックスなども事件の理由とは関係ない。生え際の後退も自分にとってはネタ」「非正規雇用『負け組』も理由じゃない」「オタクも理由ではない」など、当時貼られた「わかりやすいレッテル」を彼風にはがしていく章などは、彼と話している気分にもなる。

読めば「凶悪犯モンスター説」は却下だろう。同じ時代で同じ社会で生まれ育ったたくさんの人間のうち、1人だけ「凶悪犯になる運命」ってわけがないのだ。彼は「凶行をやった理由を探しても仕方がない。やらない理由が無かったり、あってもブレーキにならなかったことが重要だ」という考えを展開している
https://www.excite.co.jp/news/article/E1368034803883/ 

本書「解+」および「解」のアマゾンのレビューを抜粋します

>著者も本書で述べているように安易な回答をこちら側が求める限り、この事件の真相は見えてこない気もします。

>なぜこうも自分を突き放して考えることができるのに掲示板を荒らされたという理由で大量殺人をおかしたのか理解できない

>これを読んで「犯罪を犯す人間はそもそもそういう傾向のある人間だけなのではないか」という風にも感じた。「どんなことがあっても自分はこういう風には考えないし行動しないな」と。まるで異質な人間であった。

また、wikiによると、、

社会学者の宮台真司は社会の側の包摂が足りないのが原因として「絆のある人間関係の中で生きられること」が必要などと主張したが、加藤は地元の青森や仙台を中心に趣味の合う仲の良い友人が幾人もおり、どの職場でも友人付き合いをし、心を開いて話をする店主がいる行きつけの酒場などもあった。また掲示板を介しても自らオフ会を提案し、全国を旅行して相手先に宿泊し心を通わせるなど、積極的人間関係の構築により友人が多数いた。事件当日も作業着事件で辞めた元職場の友人へ遊ぼうと呼びかけている。

犯行動機として、社会の側の包摂が足りないのが原因は否定されているのである

話を 藤田孝典氏の
川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい
に戻します。

「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」というメッセージを受け取った犯人と同様の想いを持つ人物は、これらの言葉から何を受け取るだろうか。

やはり社会は何もしてくれないし、自分を責め続けるだけなのだろう、という想いを募らせるかもしれない。

「死ぬなら迷惑かけずに死ね」と言われて、今回のような事件をおこした犯人がいるなら、それを示した方が良いのでは?
この発言に学者(准教授)として学術的に根拠はあるのだろうか? 例にあげた 川崎殺傷事件 についてもポイントがずれているよね、、。

最後になるが、、
藤田孝典氏の身内の小学生などが、同じような事件で被害を受けても同じような事が言えるのだろうか?
人を巻き込むな!!!!と思うのは人として正直な気持ちだと思うけどね、

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