衆院選 沖縄1区 国場幸之助 赤嶺政賢 下地幹郎 下地玲子 結果 まとめ 随時更新

沖縄タイムス 2017年10月10日
衆院選:沖縄1区に国場、赤嶺、下地幹郎、下地玲子氏が届け出
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/153682

衆院沖縄1区は前職3人、新人1人が立候補を届け出た。立候補したのは届け出順に、自民前職の国場幸之助氏(44)=公明推薦、共産前職の赤嶺政賢氏(69)、維新前職の下地幹郎氏(56)=希望推薦、幸福新人の下地玲子氏(59)の4人。

沖縄タイムス
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/154609

1区では国場氏が「政治は生活。アベノミクスの恩恵を浸透させたい」と政権の継続を訴えた。赤嶺氏は「『オール沖縄』で辺野古新基地建設反対の民意を再び示そう」と呼び掛けた。下地幹郎氏は「消費税を増税せず身を切る改革で教育を無償化する」と教育無償化による景気回復を訴えた。

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沖縄県第1区の概要

沖縄県第1区(衆議院議員総選挙における選挙区)
沖縄の中でも那覇市の住人が有権者の大半を占める人口密集区,企業労働者も集中している選挙区。
行政区域 那覇市、島尻郡渡嘉敷村・座間味村・粟国村・渡名喜村・南大東村・北大東村・久米島町(2017年10月10日現在)

2002年(平成14年)に一部区割りの見直しが行われた。

立候補者の概要とまとめ

届け出順

国場幸之助

國場 幸之助(こくば こうのすけ、1973年1月10日 – )
父方の大叔父は元衆議院議員の國場幸昌、祖父は國場組創業者の國場幸太郎。義父は元沖縄県議会議員の西田健次郎。

2014年の第47回衆議院議員総選挙では、沖縄1区で日本共産党の赤嶺政賢に敗れたが、比例九州ブロックにて復活し再選。
2015年5月、「過去を学び“分厚い保守政治”を目指す若手議員の会」の立ち上げに参加し同代表世話人に就任した。

公式web 衆議院議員 國場幸之助

過去の言動(参考 選挙前.com 、wiki)

    • 外国人参政権反対
    • 朝日新聞の外国人参政権に関する質問に「どちらかと言えば反対」と回答
    • 朝日新聞の集団的自衛権を行使可能にするべきかとの質問に「どちらかと言えば賛成」と回答
    • 憲法改正、集団的自衛権の行使を禁じた内閣法制局の憲法解釈の見直しに賛成
    • 選択的夫婦別姓制度導入について、「結婚したら全員が夫婦同姓にすべき」
    • 女性宮家の創設に反対

コクバ幸之助後援会
〒900-0015 沖縄県那覇市久茂地3-29-41
久茂地マンション205号[地図]
TEL:098-861-6813 / FAX: 098-864-2434

赤嶺政賢

2014年の第47回衆議院議員総選挙では、翁長雄志沖縄県知事が推薦する「オール沖縄」の候補として沖縄1区から出馬。社会民主党、生活の党、沖縄社会大衆党、緑の党、の支援を受け、國場幸之助、下地幹郎を破り小選挙区で初当選し、。日本共産党が小選挙区で議席を獲得するのは第41回衆議院議員総選挙以来18年ぶりである。


公式web 赤嶺政賢(日本共産党 前衆議院議員)

過去の言動(参考 選挙前.com

  • 戦時性的強制被害者問題解決促進法案 賛成
  • 朝日新聞の外国人参政権に関する質問に「賛成」と回答
  • 防衛庁設置法等の一部を改正する法律案(防衛省への格上げ案)へ反対・棄権した議員
  • TPP交渉参加反対に関する国会請願の紹介議員
  • 朝日新聞の集団的自衛権を行使可能にするべきかとの質問に「反対」と回答

【沖縄分室】
〒900-0016 那覇市前島3-1-17
TEL:098-862-7521 FAX:098-862-7735

下地幹郎

下地 幹郎(しもじ みきお、1961年8月14日 – )
2014年第47回衆議院議員総選挙では、維新の党公認で沖縄1区から出馬]。赤嶺、國場の後塵を拝したが、比例九州ブロックで復活した。2015年の維新の党の分裂騒動では大阪側議員に同調し、維新の党を離党し新党おおさか維新の会を結成。下地は国会議員団政調会長に就任した。


公式web ミキオポスト | 衆議院議員5期目 日本維新の会

過去の言動(参考 選挙前.com

  • 靖国神社「みたま祭り」へ献灯した議員
  • 朝日新聞の外国人参政権に関する質問に「どちらとも言えない」と回答
  • 朝日新聞の外国人参政権に関する質問に「反対」と回答
  • 朝鮮学校無償化 推進
  • 外国人参政権反対一万人大会(出席)
  • TPP交渉参加反対に関する国会請願の紹介議員
  • 国家主権と国益を守るために行動する議員連盟
  • 日新聞の集団的自衛権を行使可能にするべきかとの質問に「賛成」と回答

後援会事務所
〒900-0006
沖縄県那覇市おもろまち3-5-3
TEL 098-866-7603
FAX 098-866-7602

下地 玲子

下地 玲子(しもじ れいこ)
生年月日 1958年1月29日


公式web 下地 れいこ | 幸福実現党 – The Happiness Realization Party
下地 玲子さん情報がありません
すみません

選挙情勢と結果

2017年10月12日
沖縄タイムス
衆院選2017:オール沖縄2・3区でリード 1区自民わずかに先行 4区互角
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/155111

共同通信社は第48回衆院選について10、11日両日、全国の有権者約11万8900人を対象に電話世論調査を実施し、公示直後の序盤情勢を探った。(略)
三つどもえの1区は、自民前職の国場幸之助氏(44)=公明推薦=が、共産前職の赤嶺政賢氏(69)をわずかにリード。維新前職の下地幹郎氏(56)=希望推薦=が懸命に追っている。国場氏は自民・公明の支持層の大半を固め、赤嶺氏は共産・社民・立憲民主の支持層の半数以上から支持を得る。下地氏は維新に加え希望への支持層に浸透している。
(略)
幸福新人の1区下地玲子氏(59)は独自の戦いを展開する

2017年10月12日
琉球新報
沖縄1区 国場、赤嶺氏競る 衆院選 4区は仲里、西銘氏並ぶ
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-592203.html

22日投開票の衆院選を前に、琉球新報社はこれまでの取材に、共同通信が10、11の両日に行った世論調査結果を加味し、沖縄全4選挙区の序盤情勢を探った。沖縄1区は自民前職の国場幸之助氏(44)と共産前職の赤嶺政賢氏(69)が競っていて、維新前職の下地幹郎氏(56)が追う展開だ。

1区は国場氏が自民支持層の7割強、公明支持層の9割弱を固めている。赤嶺氏は共産、立憲民主、社民それぞれの支持層の7割前後の支持を得ている。下地氏は維新支持層や推薦を受けた希望の支持層からも支持が強い

同じ共同通信社の調査なんですが、、タイムス・新報の論評がやや違うような、、

10月18日
琉球新報
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-595294.html

沖縄1区は共産前職の赤嶺政賢氏と自民前職の国場幸之助氏が激しく競り合っていて、維新前職の下地幹郎氏が2人に迫る展開だ。

産経
http://www.sankei.com/politics/news/171018/plt1710180121-n1.html

1区は、共産赤嶺が自民国場を一歩リードし、維新下地幹郎がこれに続く。

選挙結果

沖縄1区(選管確定)
得票数(得票率) 氏名 年齢 党派 新旧 当選回数 肩書・経歴 重複
当選

60,605

(39.9%)
顔写真 赤嶺 政賢あかみね せいけん 69 共産 7 党幹部会委員
比例選当選

54,468

(35.9%)
顔写真 国場 幸之助こくば こうのすけ 44 自民
(公)
3 党副幹事長
比例選当選

34,215

(22.5%)
顔写真 下地 幹郎しもじ みきお 56 維新
(希)
6 (元)郵政改革相

2,594

(1.7%)
顔写真 下地 玲子しもじ れいこ 59 諸派 幸福実現党員

http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2017/kaihyou/ya47.html

衆院選 沖縄1区 過去の選挙結果 まとめ

 
当選者党派
第41回1996年白保台一新進党30.2%
第42回2000年白保台一公明党52.6%
第43回2003年白保台一公明党37.0%
第44回2005年下地幹郎無所属43.8%
第45回2009年下地幹郎国民新党46.5%
第46回2012年國場幸之助自由民主党43.1%
第47回2014年赤嶺政賢日本共産党39.8%
白保 台一(しらほ たいいち、1942年8月3日 – 2013年2月18日)氏について
衆議院議員(3期)。沖縄県議会議員(3期)。
経歴 沖縄県八重山郡竹富町に生まれ。日本大学法学部卒業。
1993年、第40回衆議院議員総選挙に公明党公認で沖縄全県区から立候補し次点落選。
1996年、第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で沖縄1区より立候補し初当選。
2000年の第42回衆議院議員総選挙では自民党の下地幹郎とコスタリカ方式を結び、下地を自民党比例にし、白保を小選挙区で公明党候補として立候補して2回目の当選。2000年8月に沖縄開発庁政務次官に就任。
2005年、第44回衆議院議員総選挙で再度下地と直接対決となるが、今度は敗れ落選。
2011年4月、沖縄県立博物館・美術館館長に就任した。
2013年2月18日、宜野湾市内の病院で肺炎で死去。70歳没。

おまけ

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